運命

例えば、もしもあの時あーしてたらなーっというように、過去のある状況に於いて実際に選択したAという行動以外にもB、Cなどの選択ができたはずであり、もし選択していたのならばどのようになっていただろうか、と考えることはよくある話だけど、もし本当に過去に戻れたとしたらどうだろうか。もちろん、その結果に関する今の知識なんてものはなくして、その当時と同じ状態で、その状況に置かれたとして。恐らく、その当時と同じくAという選択をするだろうし、何度やっても他の選択なんてしないだろう。だって、同じ状態で同じ環境なんだから、その状況ではそもそも選択肢なんてないわけで。ただのテキスト。ただの地の文。選択肢なんてポップアップせずに、同じようにAルートに入るクリック作業。だから、選択肢なんてものは結果を知った未来という状況で過去を回顧したときに生まれる幻想であって、実際にその当時の状況に於いては選択肢なんてものは存在していない。
で、その理屈で言えば、選択なんてものは、自由意志なんてものは一切存在しなくなり、全てはその状況に於ける自分と環境のパラメータによって決定される、ってことになるから、それが運命運命って言われるところの、運命ってやつなのかな、と。まあ、そんなこと思ったわけだけど、実際に書いてみたら、これって単に運命論者が言う後出しのそれだよな、と。現在の人生と、それのコピーの人生を比較して、あなたに選択肢はありませんでした、その理屈で遡ると一切自由意志はありません、全ては運命です、ってひどい詐欺みたいな話だよな。でもまあ、今の自分が過去のある状況に遡ったとしても、選択肢は出ないだろうから、そういった考えを潰すには、後半のそれを無視すれば、まあいいのかな。