久しぶりに読んだけど

やっぱ面白いな、不思議な 少年。極楽を信じる者は皆生きてないようなつまらない顔をしているのに、死の間際に極楽がないと告げられた寅吉が生きた者の顔をしていたのは、極楽を信じる者は現世じゃない世を念頭に置いてるから現世を本気で生きていないのに対し、寅吉は現世をしっかりと生ききったからだよな、と。斬られそうになって極楽があるべさと悟ったような諦めたようなつまらねえ顔して祈ってるよりも、実際にその子の前髪が斬られるくらい寸での距離で振るわれた刀による死の恐怖で泣き喚いてる方がよっぽど生きる者の顔であるように。僧侶的な善さと貴族的な良さっていうあれとも似てるのかな。
生の一回性に耐えられないから来世を作って現世で徳を積ませる。現世のために頑張るんじゃなく、来世につるされたにんじんのために現世で頑張る。まあ、前者とは比べるまでもないけど、一回性に耐えられないで腐ったり暴れたりするよりはマシか。でもそれすらも形骸化してあれな感じに。そういった意味では現世が無限ループしますよって想定するのは冴えたやり方なんだろうな。てか、あれだ。歳のせいかすぐに涙腺が刺激されて困る。真っ昼間からうるるんですよ。滞在記ですよ。家だけど。