「つまんない顔してるとつまんない人生になっちゃうわよ。」 

ハヤ テのごとくに出てくるヒナギクの言葉。これがいまいち腑に落ちなかったんだけど、電車でつまんなそうな顔をしている女子高生を見ててふと腑に落ちる。
まず仮にその言葉通りだとする。つまんない顔してたらつまんない人生になると。そしてその通りにつまんない人生になったらどうなるか?ただでさえつまんない顔してたのに、つまんない人生になったら、ますますつまんない顔になっちゃうだろう。そしてますますつまんない顔になるということは…って感じに、つまんない顔スパイラルに落ちちゃうわけだ。
これを解決するにはどうすればいいか。それは楽しそうな顔をすること。つまんねえ人生だとしてもだ。そうしなければ連鎖に取り込まれ抜け出せなくなる。だからこそ楽しそうな顔をすることが重要になる。
いやいや楽しい顔してりゃ楽しい人生になるんなら誰も苦労しねえよとか、どんな辛いときでも楽しそう顔を強いるのは逆にあれだよとか、そういった疑問も当然浮かぶだろうけど、それは全く以てその通り。もしそうなら誰も苦労しねえし、逆に辛いわな。じゃあ何だっつーの、って言ったら、これは意志の話。もし仮につまんない顔をするとつまんない人生に、逆に楽しそうな顔をすると楽しい人生にと仮定したとき、つまんない人生の中でも楽しい人生にしようと楽しい顔をするという意志の話。だから現実問題として楽しい顔をしても楽しい人生が来ねいぞいだとか辛いときに楽しい顔を浮かべるのが憎いし苦痛ですだとか、そういった話ではなく、そういった状況下でも楽しい顔を浮かべるという意志の話であり心構えの、って飯だ。小一時間か二時間弱後にまた
存外早くに時間が空いた。下拵え万歳。まあ案の定忘れちゃってるんだけど。ファック!なんて記憶力だ!まあ、あれだ。どんなに好条件のときでも努力しかできないが、どんな悪条件のときでも努力だけはできるって話よろしく、どんな最悪の状況でも笑うことだけはできるわけだから、その意志を、つまんねえ人生の真っ只中でも笑ってやる意志をっていう話。芽が出るかどうかは土に聞いとくれ。おらは種蒔くだけだからよ。どんだけ不作が続いてもな!って感じでもある。いやいや肥料が云々、天気が云々って話ではなく、簡略化した行為と結果の話。肥料やら天気やらベストを尽くしたところで芽が出るか出ないか分からないって仮定した土地での話。