ナクシ人への手紙

愛する皆さん。思い出のものが失われることは悲しいことです。
お金で買えないものはもちろん、お金で買えるものだとしても、それはちいさいあなたがおこづかいを握り締めて買った、あの思い出のものとは、同じようでまったくちがうものなのですから。
そしてその悲しみは、ものが失われたことによるものだけではありません。ものが失われることによって、その思い出までもが失われてしまったかのような感覚が、何よりも私たちを悲しませるのです。
ですが愛する皆さん。少し考えてみてください。時は過ぎます。ものは失われます。これは変わることのない事実です。しかし普段は意識にすら上らないこれらの事実が、思い出のものをなくすことによって、否が応でも、浮かび上がってくるのです。
愛する皆さん。思い出のものが失われることは悲しいことです。時が過ぎ行くのと同様に、ものが失われることは、永遠に変わることのない摂理です。
ですが愛する皆さん。少し考えてみてください。いま思い出のものを失くして悲しんでいるのはいったい誰でしょうか?見ず知らずの人が、あなたの思い出のものが失われたことを、あなたと同様に悲しむことはできるでしょうか?できません。なぜならば、見ず知らずの人には、そのものに対する思い出がないからです。ただのものが失われただけの人は、あなたが思い出のものを失くしたようには、悲しむことはできません。
愛する皆さん。よく聞いてください。ものは失われます。しかし思い出は失われません。思い出のものを失って悲しんでいるあなたがたならばよくわかるでしょう。なぜあなたがそれほどまでに悲しいのか考えてみてください。ただのものが失われた人には真似などできないほど悲しんでいるのはなぜなのか考えてみてください。そしてただのものが失われたということを、それほどまでに悲しくさせる、思い出の存在を強く感じてください。
愛する皆さん。ものは失われます。しかし思い出は失われないのです。