物語によくある真実に触れたくない話

もし触れてしまったら残酷な現実を知ってしまうから触れたくないっていうあれは、俺目が悪くて良かったって思うのはパンチラを見たときかな?だって目が良かったらその子が可愛いか可愛くないかわかっちゃうけど、目が悪いからみんな可愛いと思えるんだからっていうある人が言ってた話と似てる。いや自分だけどさ。
確かに見えなければその子は可愛かったと思っていられるけど、それじゃ真実可愛い子のパンチラは生涯拝めない。だってそれはあくまでも、可愛かったかもしれない子のパンチラなんだから。だから物語的な答えとしては、たとえ可愛くない子のパンチラだったとしてもそれを接近して確かめなければならない。そうしなければ真実可愛い子のパンチラを拝むことはできないのだから。自分が求めるものを手に入れるまで傷つくことを恐れずに歩み寄らなければならない。って感じになる。
いや、パンチラの例で言うとアホっぽいけど、相手の真実の気持ちを確かめることを恐れて距離を起き続ける主人公とかね。真実を確かめることを恐れて距離を置いたままだと、友情やら愛情っぽいのは得られるけど、真実の友情やら愛情やらは得られないかもしれないよって諭される話とか割とありがちじゃん?そういう話。
真実のそれなんて確かめられないんじゃ?ってのはここでは問題じゃない。問題なのはあくまで近くで確かめてあれは可愛い子だったという確信。確信を持ってあれは可愛い子のパンチラだったんだと言えることこそが問題とされている。そして確かめて白黒をハッキリさせ、もしも黒だった場合、すぐに次へと向かう姿勢。パンツの色じゃないよ。いや別に色でもいいんだけどさ。そしてその繰り返しで確信を持って求めるものを得ることが大事だよねって話。あえて真実を確かめようと接近せずに幻想で満足するものには得られない境地、確信を持った可愛い子のパンチラがそこにはあるっていう。