性質じゃねえ行為だ

ある所に普通の男がいた。顔も頭も性格も全てが普通。だが普通の男には一つだけ普通じゃないことがあった。それは普通の男じゃ手が届かない天使みたいな女の子を好きだったことだ。普通の男なら諦める。見た目や中身だけが飛びっきり良いだけじゃなく、彼女は巨大な財閥のお嬢様でもあるのだから、高嶺の花どころじゃない。所詮住む世界が違う人だと、普通なら諦める所を、普通の男は諦めなかった。顔も頭も性格も普通なのに諦めなかった。
普通の男には、普通ではない仲間がいた。馬鹿。武士。変態。彼らも飛びっきりの高嶺の花に心底惚れ込んだ奴らだった。ライバルではあったが、仲間だった。飛びっきりの仲間だった。
だけど、彼らにはそれぞれ才能があった。馬鹿は馬鹿だけれどタフで喧嘩が強く、そして飛びっきりの馬鹿だった。普通なら諦めてしまうような場面でも彼だけは諦めない。好きな子のためには何でもやる。飛びっきりの馬鹿だった。武士は21世紀にもなろうっていう現代で武士を目指して幼い頃から異常な修行を続けていた。顔も良く、力もあって、そして中身もいい奴だった。いざって言うときにも男らしくまさしく武士だった。変態は筋金入りだった。盗撮したりストーカーしたり己のフェティシズムを極めたり。当然周りからは非難の声が鳴り響く。しかし変態は有象無象に何と言われようが己の道を貫いた。何と言われようが何と蔑まれようが己の道を貫き通した。筋金入りの変態だった。
そんな中、普通の男には何もなかった。いや普通の人にできそうなことは普通にできたが、それ以外は何もできなかった。彼は普通だから。彼らのように特別なことは何一つできず、どこまでも普通の彼は、普通であることを普通に悩んでいた。


だが、ある時、彼らのグループを逆恨みする人間達に拉致られた。密室に睡眠ガスを流されて眠らされて気がついてみると防弾ガラスの部屋の中で好きな子と仲間達と、なぜか敵の下っ端と一緒に、囚われていた。拘束はされていない。されてはいなかったが普通の男の片手には手錠がついていた。そしてその手錠の先には残り時間3分と表示された小さな箱が。防弾ガラスの向こう側には敵の奴らが2人座っていて、一緒にいる下っ端は盛り上げ役だと言い、小さな箱は人一人が吹っ飛ぶくらいの爆弾だと言い放った。敵は彼らの団結心を削ぐために閉じこめられた中の一人の腕に、人一人が吹っ飛ぶくらいの爆弾をつけて、それをにやにや眺めていた。
所持品は全て取られている。手錠の鍵穴はパテか何かで塞いである。偽物じゃないかと疑ってみたが、すでにこちらを守ってくれてた人のアキレス腱が切られる事件があった。どうやら彼らは本気だ。残り時間が1分を切る。普通の男は笑ってみた。あはははは!爆発したらボカーンってか!?ウハハハハ!強がってはみたものの汗が滝のように流れていた。残り時間が30秒を切った。心臓がバクバクと五月蠅い。心配する好きな子を安心させようと偽物ですよと言って平静を装うとするが内心は落ち着くことができない。呼吸が早い。思考がまとまらない。恐怖が頭を支配する。
残り時間20秒。敵の下っ端が部屋の隅で本気で怖がっている。普通の男は心配する彼女を振り切りそちらへ駆けだした。敵の下っ端は蜘蛛の子を散らすように逃げる。そして仲間達に叫ぶ。彼女を止めろと。優しすぎる彼女はこんな普通な自分のためにも駆け寄って来てしまうから。普通な男は相変わらず今の状況が普通に恐ろしくて、口から心臓が出てきそうなのに、すらすらとかっちょいい台詞が出てくることが不思議だった。
仲間が言う通りに彼女を止める。残り時間は15秒。仲間を遠く感じた。それを見て敵の男は笑みを深める。一人で死ぬのは怖いだろうと。彼らの中でも特に普通で取り柄のないやつにつけたのだから、確信にも近い笑みだった。だが、馬鹿が飛び出してきた。残り時間10秒もないのに近づいてきておもむろに手錠を強く引っ張りはじめた。必死の形相で。馬鹿力の全てを出して、鎖を引きちぎろうとしてきた。
普通の男は馬鹿を振り払った。何すんだよと怒る馬鹿に、普通の男は笑った。軽やかに笑った。先ほどの強がりの笑いが嘘のように、あくまで自然に、内からこぼれてきたような笑い声で。カッコイイよ、お前と、馬鹿を見やり、今度は俺のカッコイイとこ見せてやると、残り時間5秒の爆弾を手に持ち、防弾ガラスへと押しつけた。敵が椅子に座りながら眺めてる目の前に。残り時間3秒。普通の男は真っ直ぐ敵を睨み付ける。残り時間1秒。心は決まっているのか微塵の揺れもなく、ガラスに爆弾を押しつけたまま、変わらずに堂々と立ち続ける。残り時間0秒。爆発した*1


って、長いよ。前振りのくせに超長いよ。もっと短くしろよっつー話だけど、短くしたくなかったんだからしょうがない。短くして中身を減らさない技量がなく、テンション上がった興奮を伝えるには、長いまま書くしかなかったんだから。そんなわけで普通の男の話。やばいね、濡れたね、大洪水だね。かっちょ良すぎるだろ、藤木。このイケメンっぷりは何かっつーと、普通だからと諦めるんじゃなく、普通だけど頑張るところにあるよねっと。そしてこれは全てに於いても言える。性質だからと諦めてるのと、性質だけど頑張っているのでは、どちらがカッコイイか。
A but Bという場合、どちらに重きがあるのかってにのもちょっと似てる。例えば、かわいいけどうざいって言うと、外見はすごいかわいいんだけど、その外見を帳消しにするくらいのうざさがあるって意味に感じられるけど、うざいけどかわいいって言うと、内面は確かにうざいんだけど、それを補って余りあるほどのかわいさを持っていると感じられるように、A but Bの場合、重きはBに置かれる。
性質と行為の話もそれと似ていて、どんな性質を有していようが、馬鹿だったり異常だったり変態だったり普通だったりブサイクだったりキモかったりしても、重きは行為に置かれ計られる。顔やら何やらの所与のものは言うに及ばず、仮に自分の行為の結果に得た性質だとしても、それは変わらない。例えば10年間毎日修行して得た剛の者が何かに立ち向かったとする。剛の者が立ち向かった。うん、いい話だ。逆に今度は逃げたとする。剛の者が逃げた。うん、ダメダメだね。10年修行しようがしまいが、その時に於ける行為によって計られる。
じゃ、逃げ出した剛の者はその後もダメダメなのかというと、そんなことはなく、また行為によって計られることになる。逃げ出した剛の者がまた逃げた。うん、ダメダメだね。逃げ出した剛の者が立ち向かった。お、やるじゃん。いや、たまたまかもよ?次は逃げるかもよ?でも、今回はやったじゃん。まあ、それはそうだけど。と、まあ、いろいろな意見は出るだろうけど、行為によって計られ、そしてその積み重ねが彼を評価する礎となる。
こう考えた場合、これはマイナスにもプラスにもなる。例えば10年間修行しても、逃げ出したらダメダメと言われるかもしれないが、逆に考えれば、いつからでもスタートができる。どれだけ失敗したところで、どれだけ不利な性質を有していたところで、行為によって示すことができる。だが、これは終わらない戦いとも言える。10年の修行もその後にダメダメであったら、ダメダメとされかねないということからもわかるように、常に現在の行為で示していかなければならない、不断の戦いであるとも。
でもまあ、現在という観測地点から無理矢理10年前という情報を引っ付けただけのこれと、実際に10年の重みで計られてきた人には当然のように違いがある。なぜなら、その人は10年の間、ずっと行為によって示し続けてきたのだから、それを、例えば1月に1回でも120回、見てきた人にとっては、そう易々と、1度の失敗で失われるものではない。
つーわけで、あれだ。性質だからとそれを言い訳にして何もやらねえやつよりも、性質だけど頑張るやつは、当たり前すぎる話だけど、カッコイイ。性質によってではなく、その行為によって。普通だけど、格好良かった、藤木のように。

*1:実はダミーで、死ななかったけど。ま、敵の団結心を崩そうっていうのに、爆弾で殺しちゃったら、もっと団結しちゃうしね。敵の考えとしては押しつけあって、結局死なずに、おいおいさっきはよくも見捨ててくれたな、しょうがないやんけーっていう、不和を狙ってのダミー爆弾。