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真面目な勉強家。人を救いたくて進んで農村で医者となる。しかし限られた環境で満足のいく治療ができず葛藤する。そんな中で数年。仕事にも慣れ、満足いかない治療、田舎のしがらみ、摩耗する心身などの現実とも大分折り合いをつけられるようになっていた。
そんなある日。はじめて赴任したときから親切にしてくれたお婆さんが倒れる。原因は老衰。先は長くない。早くに家族を失った彼女は村一番の働きものと評判で、朝早くから家を出て誰よりも長く農作業を行っていた。小さな田畑だったが収穫は多く、彼女がわずかに食べる分の他はすべて寺に奉納していた。
彼女を診に行くと数年前の明るく朗らかな印象は消え失せ、ただただ痩せ細った哀れな枯れ木のような老女がいた。形だけの診察をしていると彼女がなにか言いたそうにしているので聞いてみると、控えめな彼女にして珍しく、枯れ木のような体には似つかわしくない、眼の奥にぎらぎらとした熱のある真剣さを持って彼女は尋ねた。
あしはあたまがわるいです。じぶんのなまえしか文字をかけん。でもせんせはあたまがいい。だからひとつ教えてもらいてえ。あしは毎日おがんどる。おっ父は死んだ。おっ母も死んだ。旦那も死んだ。子も死んだ。毎日さんべんおがんどる。寺のおっしょさんに聞いたお祈りを毎日さんべんおがんどる。わるいこともしたことねぇ。毎日毎日あさからばんまではたらいてきた。あしが食う分以外のもんは全部寺に納めてきた。せんせ。教えてもらいてえ。あしは極楽にいけるんじゃろか。