寝不足の朝に現れる悟り感

世の中の生きとし生けるもの、それどころか無機物も含めて全てをありのままに許せるようなあの気分は、詰まるところ寝不足で脳が処理できる情報が限られることによる全部どーでもいいよの裏返しであるように、それの別形態として現れる知らんがな、どーでもええがな、って気分が現れたりする。それが今。どーでもええがな、知らんがな。いつもは悩まされる他人様の内面やらどう見られてるやら的なものが、心の贅肉(未だに使い方がよーわからん)というか脳の贅肉であるかがよくわかる。余裕というか、遊んでるリソースがないと、んなもんいちいち処理してられん。
一旦話は変わってSの本質ってのは兵藤会長が言ってるように、ワシは痛くない、って感じなんだろうなっと、Sじゃないからよくわからない自分は考える。他人の折れた足をいじくっても、彼は痛いがワシは痛くない。そこが肝要なんだと。痛くないのにうわっ…っと思わずこちらまで痛くなってしまうそれは幻であって、それを取り去ったワシは痛くないという、彼は他人であるという、そういう地平に立つことが。とある陵辱ゲーにもそれは見られる。彼の場合は人であるとか恋人であるとかそういった視点では女を見ておらず、ダビスタの馬のように盆栽みたいな作品のようにそれを見ている。だからこそ、ちょっと勝負根性が足りないから坂路を走らせよう、ちょっと枝振りが良くないから剪定して針金を巻こう、そういった気軽さで浮浪者や獣などに抱かせたりする。そうして羞恥心をなくしたり、尊厳を失わせたりで、理想の状態を作り上げる。それらの手段に人として痛みを感じたり、恋人として胸を傷つけたりはしない。だってそれは作品であり、それを作り上げるための作業なのだから。そういった考えの根底にあるのは、やっぱりワシは痛くない的な、他者との明確な線引きだろうなっと。
さて、期せずして、寝不足により処理できる情報量が限られることによって、それに近い状態になったわけなんだけど、


って、無理。二度寝る。何か案外長かった、っていうか、予想以上に超眠い。ここまで来たら全部書けよって気もするけど、そもそも気分は知らんがなだから睡眠を選ぶ。知らんがな。