ぱーくらーれたー

誰も古本なんかパクりやしないだろうって考えが甘かった。確かに自分の趣味でもない本をわざわざパクって読む人間なんていないだろうが、それも時と場合による。古本屋の目の前に止まってる自転車の籠中に古本が入ってたらどうか。うん、パクる人間も出てくるね、そりゃ。そして多分シール剥がして売るだろうね、目の前の店で。いや、まあ、50円の本が4つだし、特に珍しく手に入りにくいって本はなかったし、油断しまくりの自分も悪いっちゃ悪いから別にいいんだけど、なんかもやもやする。
なんだろうな。端金にしかならない行為の場合、良心が咎めたりするけど、例えばわざわざ100円ぽっちの利益のために盗みを働くなんてとか、パクった人的にはその端金以下の罪の意識だから、っていうかそもそも罪の意識なんてないから、カジュアルにパクるって感じなんだろうな。普通なら100円の利益<罪って風に罪の意識がより重いんだけど、罪の意識なんてハナからなければ、100円の利益>罪の意識=0ってことだろうと。
それが悲しい…ってーのは流石に嘘だな。そう思う心もなくはないけど、大半じゃあない。じゃ、大半は何かっつったらシンプルに、読もうと楽しみにしてた本をかっ攫われたことに対するむかつきだろうな。怒りって程じゃあないけど、むきー!ってくらいにはむかつく。
あ、そう考えてみればこの感情はあれに似てる。楽しみに取っておいたアイスを家族に食われてむきー!っとなる感じ。ごめんごめん金払うからってそういう問題じゃねーんだよ!100円のアイスを食われたことが痛いんじゃない。俺が食おうと楽しみにしてたアイスを食ったことに対する怒り。それがわかったんなら100円なんて出してねえで、さっさとコンビニ行って同じのを買ってこい!そして俺が食えるように持ってこい!そういう感情。あー、考えれば考えるほどにそんな感じ。
むきー!楽しみにしてたのにー!金やるから返せボケー!