cを触媒にしてaとbが合わさりdができる。
a。以前読んだ本にこんなことが書いてあった。女性経験が少ない人間は女の子を柔らかな頬や丸い肩を持った実在としてではなく、「女の子」という文字として、観念として認識しているから、実在のいろいろな女の子、やさしい女の子かしこい女の子つよい女の子せこい女の子フケツな女の子スケベな女の子わがままな女の子ひきょうな女の子おとなっぽい女の子等々、から帰納的にあるがままの女の子を理解するという訓練が抜け落ちていて、演繹的に、貧弱な想像力を使うことでしか理解できず、聖女と娼婦という、極端な二元論に陥りやすい云々。なるほどなー、と思う。
b。寝取られがいまいち理解できず考えてたときのこと。あまりにもいい考えが浮かばないのでくだらないことが思い浮かぶ。自分の娘はかわいいが嫁にやらなきゃ命は続いていかないので、そのダメージを軽減するために、ごねつつもやっぱり嫁に出すように、愛する娘が他の男に取られても大丈夫なように、ひそやかに興奮するよう、遺伝子に書き込まれてる云々。
c。ゲームのテキスト。主人公に道徳を諭す母親。数クリック後。父親がでてきて先ほどの母親の言を否定する。たとえば、犬を飼うのはいいことだと母親が言ったら、その犬を殺しなさいと父親が言うようなカンジ。そして母親はそれを否定しない。台詞は台本形式で、父親「」、母親「」、といった具合なんだけど、父親の発言を否定しない母親の名前はこうなっている。母親(調教済)「……」。
d。聖女と娼婦のイメージを持つのはなぜか。それは両極端というだけじゃなく、bのように理由があるのではないだろうか。たとえば、聖女としての母、娼婦としての父の妻、といった具合に。
dが思ってたより短かった。というか他が長すぎた。