ガキの頃、イボができた

左手の親指、爪の手前。最初は何かわからず、母親に聞いてみたら、イボだと言われた。はじめて聞く言葉だったが、いやな響きだった。響きもさることながら、その存在が、ぷっくり、しわしわに膨らんだそれがなんだかとても気持ち悪く、どうすれば治るのと聞くと、放っておけば治ると言われたので、いやいやながらも放っておいたのだが、これが全然治る気配がなく、それどころかどんどん固くなり、指の一部のようになってきたので、不気味さも増し、再び、というか、うるさく何度もそのことを話したせいか、母親は翌日、薬局でイボコロリを買ってきた。
イボコロリ。イボがコロリ。なんて素敵な名前だろう。こどもながらに効果覿面を期待させるその名前に救われた気分になり、早速裏のシールを読み、塗ってみた。1日4回つけていると3日ほどで取れるらしい。なんて素晴らしい薬だろう。若干のかゆみもむしろ心強く、これでイボとお別れできると、るんるん気分で過ごした3日後。ついに剥がすことになった。イボコロリというのは液状で、それを塗ったところは白く半透明に固まり、それを繰り返すことでカッチカチの固い膜みたいなのができ、それに癒着したイボごと取ってしまう、そんな薬だったので、1日3回、3日間、計12回の塗布により、半透明の膜が何層にも重なった結果、もはや半透明さは消え、白く、固い、長い歴史を感じさせる、そんな地層のようなものとなっていた。これでやっとお別れだ。苦節3日間。かゆみに耐えてよく頑張った。感動した、と、テンションあげながら、ぺりぺりぺりと剥がしてみると、そこにはイボが。イボが。イボががががが。
細かな皮膚の表面に薬が入り込んだのか、ところどころがうっすら白くなっただけのイボがそこには、在りし日の姿のまま、ご健在だった。はてな?と首を傾げた聡い小学生のボクはすぐに気付いた。そうだ。塗り方が悪かったんだな。もっとイボの周りを取り囲むように、そして塗る量ももっと増やして、剥がす時も慎重にやらなければならなかったんだ。それはそうだよ。だってイボコロリだもん。失敗するわけがないじゃないか。ボクのミスに決まってるよ。素直なボクはその通りに3日間やった。失敗したとはいえ、皮膚の表面は微妙にぺりぺりと剥がれていたので、イボコロリが前よりもしみて、かゆかったけど、がんばってやった。でも失敗。そうだ。きっと3日じゃ少ないんだ。更にしみる痒みに耐えて4日やった。でも失敗。急がばまわれ。短気は損気。そうだよ。国語の時間で習ったじゃないか。1週間耐えて頑張った。でも失敗。


キレた。んだ、このクソ薬が!ちっとも効かねえじゃねえか、死ね!ガラスに向かって投げようとしたけど、そんなことしたら怒られるので、畳の上に置いて踏んでやった。当然、割れたら困るので、土踏まずで。げしげしと踏んだ。無言で。げしげしと。怒りに満ちあふれていた。
いらだったボクは使えない薬によるかゆみに気付いた。今まではいくらかゆくても失敗するかもしれないから、かゆくてもかけなかった指。頂点に達したいらだちも相まって、がりがりとイボをかいた。さんざん塗布した薬の影響で根っこの方が少し固くなっていたので、そこを起点にがりがりとかいた。がりがり、がりがり、がりがり。痛い。でもボクの怒りはこんなもんじゃない。がりがり。がりがり。がりがり。血が出た。でもボクの怒りはこんなもんじゃない。がりがり。がりがり。がりがり。イボの根っこが少し剥がれた。真っ赤な肉が見えている。でも構わずに剥がした。右手の親指と人差し指の爪でガッチリ掴み一気にべりべりべり。するとそこには、真っ赤な肉のまんなかには、悪の親玉が棲んでいた。
これは比喩とかじゃなく、本当に棲んでいた。赤い肉の真ん中にどす黒い腫瘍みたいな塊が。さすがのボクもこれにはひるんだ。ボルテージを振り切ってた怒りもなりを潜め、自分の指の中にある、得体のしれない塊に恐怖していた。こ、怖い。なんだかこれ怖い。テレビで見たガン細胞の写真を思い出した。勝てない。こんなのには勝てないよ。見なかったことにしてアロエ軟膏を塗ってバンソーコーを張ろうかと思った。大丈夫だよ。多分大丈夫だよ。そうだ。お母さんも言ってたじゃないか。アロエ軟膏を塗っておけば何でも治るって。でもアロエ軟膏が勝てる相手には思えなかった。というかそもそもアロエ軟膏にそこまでの効力があるとは思えなかった。そもそもイボコロリからして無力だった。イボコロリイボコロリイボコロリ
再び怒りが燃え上がる。あの屈辱の日々。期待し、裏切られ、それでも頼らざるを得なかったのに、何度となく裏切られたあの日々。それでも、効果はないとわかっていながらも、かゆくてイヤでイヤでしょうがなかったあれを、塗らなければなかった、あの日々。腫瘍ごときがなんぼのもんじゃい。意を決して黒いそれを触るとなんだか固かった。かりかり。慎重につまんで剥がすと、その奥にもまた黒いのが。第二第三の黒いのが。段々深くなって、ちょっとした穴ぼこができて、痛み、肉をめりめりと引きはがす痛みのせいでアドレナリンもどばどば。もうヤケになって、黒いのを慎重につかむんじゃなく、その周りの、赤い肉をがっしりとつまみ、一気に引き剥がす。いてええええええええええ。するとそこには、もう黒い塊はなく、真っ赤な肉だけがあった。



って、長い。ついさっき右足を見たらちっちゃいイボみたいなのがあって、そういやガキの頃にもあったなー、めりめりと剥がして中に黒いのがあって、それ剥がしたら治ったやつ、ってのを書こうとしただけなのに、なぜかこんなことに。そしてボクって一人称がどうしようもなく気持ち悪い。
話としては一応全部事実のつもりだったんけど、イボコロリをググってみたら、固くするんじゃなくて柔らかくするらしい。あれえ?でも白くなるのは本当らしいから記憶違いかな*1。そういえばイボらへんの皮膚が中途半端に柔らかくて、イボはがすときは、固いのをバリバリってよしかは、皮膚ごとじりじりとやったような記憶もあるようなないような。後、話の展開的に端折ったのがひとつ。怒り心頭になってイボ剥がして皮膚が見えて、やったー、ってなったんだけど、何度も何度も復活してきて、そこでキレて肉まで剥がしたら黒いのが、って展開だった。途中で思い出した。後は、まあ、事実。少なくとも記憶的には事実。黒いのってググったら血管、血の塊、みたいな話あったけど、まあ、そんなとこだろうな。黒いのが悪の親玉はわかりやすすぎる。小学生の自分でもそう思った。でもまあ、それ以来、イボができることはなかったから、その血管の近くに住んでたイボのウイルスごと、引っこ抜いたっつーカンジなんだろうな。しかし、長い。何文字だ、これ。適当な分、まあ、楽には書けたけど。

*1:薬のフタらへんが白い固くなったパリパリみたいなのでしまりにくくなってたのと勘違いしたのかな